振り返りとは、ある経験をもう一度見て、そのとき自分の中で何が起きていたのかに気づくことです。評価したり、教訓を引き出したりするためではありません。出来事をくり返し再生するだけで理解が深まらない「思い返し」とも、役に立つ部分が終わってもまだ続く「考えすぎ」とも違います。たどり着かなければならない特別な状態ではなく、小さく、ありふれたスキルです。
振り返りと思い返しの違いは?
ある瞬間を思い返すとき、心は同じ場面のまわりをぐるぐる回りがちです。何と言えばよかったのか、相手は何を言いたかったのか、どうすれば結果が変わったのか。注意は、過去のよりよいバージョンを探すことに向いたままです。
振り返りは、もっと穏やかで視野の広いものです。何が起きたのか、自分がどう反応したのか、なぜその瞬間が自分にとって引っかかったのかに気づきます。判定を下す必要はなく、どんな経験からもきれいな教訓を引き出さなければいけないわけでもありません。
どちらも、大事なことを一生懸命考えているように感じられます。だからこそ、違いを知っておく価値があります。実際の違いは向かう方向です。振り返りは理解に向かって進み、そこで止まります。思い返しは、同じ3秒間にいつまでも戻り続けます。
3つのステップ:気づく、理解する、次へ進む
1日全体をまとめるのではなく、具体的なことをひとつ選ぶところから始めましょう。会議が終わったときに肩の力が抜けた、友だちからのメッセージが頭に残っている、といったことです。説明する前に、まずそのことを描写します。
次に、その下に何があったのかを考えます。気持ち、必要としていたこと、大切にしている価値観、期待、思い込みなどです。最後に、その瞬間が小さな次の一歩を求めているかどうかを決めます。正直な答えが「ただ覚えておく」だけのこともあります。
慣れてしまえば、3つのステップは90秒ほどで終わります。価値があるのは1回ごとの深さではありません。軽いやり方を定期的に続けるほうが、年に2回の丁寧なやり方よりも効果がある、という点です。
- 何が起きた?
- そのどこが大事だと感じた?
- これから先に持っていきたいことは何?
振り返りは書かないといけない?
書くことは考えをゆっくりにし、あとで戻ってこられる記録を残してくれるので役に立ちます。でも、振り返りという習慣そのものは、どんな形式よりも古くてシンプルです。イヤホンをつけずに歩くこと、バスの中の数分、よい質問をしてくれる人との会話でも、同じ働きをしてくれます。
どの形にも共通しているのは、注意をともなった一時停止です。経験と次の作業のあいだに小さなすき間を作れるなら、それで振り返りには十分です。
振り返りは考えすぎより小さく
完璧な説明を探し始めると、振り返りは役に立たなくなっていきます。2分、1ページ、またはよく考えた問いかけをひとつ、というように区切りを決めておきましょう。終わりがあると、好奇心がやさしいままでいられます。
始める前に決めた区切りは、つらい考えの中に入り込んでから決めようとする区切りよりも、ずっと守りやすいものです。これが、振り返り全体の中でいちばん役に立つ習慣です。
ある瞬間を、途中のまま置いておいてもかまいません。少し時間がたってからでないとはっきりしない経験もあります。あとで戻ってくるのは、理解できなかったということではなく、経験が落ち着いていく過程の一部です。
振り返りと反すうの境目
振り返りのいちばん役に立つ定義は、「何ではないか」で表すものです。つまり、自分の人生について考えることのうち、反すうではないほうが振り返りです。内側からはほとんど同じに感じられるので、この違いをはっきりさせておく価値があります。
反すうはくり返しが多く、抽象的で、原因や意味ばかりに向かいます。「なぜ自分はこうなんだろう」「これは自分の何を表しているんだろう」といった具合です。同じ内容を変えないまま再生し続け、研究でも気分の悪化と一貫して結びつけられています。
振り返りは具体的で、前に進みます。何が起きたのか、どんな順番だったのか、何が違ってもよかったのか、という答えのある問いを立てます。考えるうちに内容が変わり、始めたときとは違う場所にたどり着きます。
実際に見分けるポイントは、テーマではなく動きです。人生で最悪の出来事についても実りのある振り返りはできますし、1通のメールについて延々と反すうすることもできます。違いを分けるのは、その考えがどこかへ向かっているかどうかです。
書くと考え方が変わる理由
振り返りは頭の中でもできますが、紙の上のほうが確実に起こります。そこには神秘的な理由ではなく、しくみ上の理由があります。
書くことは考えるよりも遅いので、順番をつけざるをえません。頭の中では、もつれた状況を丸ごと一度に抱えられます。でも文章では、ひとつのことのあとに次のことを置かなければならず、その順番づけ自体が分析になります。書く中で因果関係を整理した参加者がいちばん効果を得ていた、という研究結果について、研究者が指摘してきたのもこのしくみです。
書くことは、考えを外に出すことでもあります。不安をいったんページに書けば、もう頭の中で抱えておく必要がありません。何かの結論にたどり着いたときではなく、書いたその瞬間にほっとすることが多いのは、このためでもあります。
そして、書くことで未来の自分が読める記録が残ります。振り返りがくり返しで終わらず、積み重なっていくには、これしか方法がありません。
振り返りが向いていないこと
振り返りは何にでもすすめられがちなので、2つの限界をはっきりさせておきます。
ひとつは、行動の代わりにはならないということです。問題について振り返ることが、その問題に向き合わないための手段になってしまうことがあります。状況はじっくり検討されたのに何も変わらず、しかも検討していることが生産的に感じられるので、そのことに気づけません。あることについて2か月書き続けても何の行動にもつながっていないなら、問題は考えが足りないことではありません。
もうひとつは、治療ではないということです。書くことの効果を示す研究は確かにありますが、その効果はささやかなものです。生活全体を左右するほど長く続いている悩みには、振り返りは専門的なケアの代わりではなく、それを補う役に立つ手段です。
出典
- とらえにくい筆記開示の効果を追う:感情を受け入れる指示と書き手の取り組みが結果を高めるFrontiers in Psychology
この記事は「日記の始め方」の一部です。始めるために必要なことをまとめました。初日に何を書くか、1回にどのくらい書くか、紙とアプリのどちらを選ぶか、最初の1週間のあとも続けるにはどうするか。